華やかに祝福あれ

 その日は、雪のとても降る日だったということを覚えている。
 元より雪国のシレジアだ。雪が降ることなどほぼ日常だったが、叩きつけるような吹雪だった。


 暖炉の火がパチパチと音を立てる。
 先刻から、セティ様は受け取った魔道書を何度も捲っては閉じ、捲っては閉じを繰り返していた。
 彼の手のなかにあるそれは、ただの魔道書ではない。フォルセティと呼ばれるそれは、直系しか扱うことのできない神器だ。
 ほんの数刻ほど前、フュリー様が透明な涙をはらはらと零しながら、彼を強く抱きしめて、それを託した。
 控えていた私を呼びつけて、「どうか、セティを守ってやってください」と、震えた声でおっしゃられた。

「ホーク」
 その手がぴたり、と止まる。
「なんでしょう」
「恨んでいないか?」
 声は穏やかだった。いや、穏やか、というよりは、温度がまるで感じられない声色だった。
 一呼吸置いてから、ゆっくりと口にする。
「『誰』をお恨みになるのですか?」
 セティ様はしばらく黙っていた。
 薪の弾ける音がした。
 

 彼が赤子の頃から傍にいるのだ。彼の言いたいことは、わかっていた。
 レヴィン様を、彼自身を、神を、そして、シレジアを。彼の心中にはたくさんの言葉が渦巻いているのだろう。
 このまま、彼の傍に居続けるというのは、つまるところ、これからはいつ殺されるかわからないということだろう。
 もちろん、旅の途中で、ということも考えられるが、恐ろしいのは、彼自身に殺されるかもしれないということだ。
 星の巡り合わせと言うのかもしれないが、そうして生きるしかすべがないことを、彼と、私に、決定づけたのは、それらすべてだ。
 それらをひとくくりにして、尋ねられても、心の中に秘める決意は変わらないというのに。


「覚悟ならとうに決まっていますよ」
 いつか来るだろうと、そう思っていた日が今日になっただけのこと。
 シレジアの行く末、ひいては神の代行者。眩しい癖に、脆い光。
 セティ様はそうか、と小さく呟いてから、ぱたりとその本を閉じた。
「ホーク、」
「はい」
「いつか私がお前を食べてしまうかもしれないな」
 少し震えた声音。
 

 
「そのときは、私自ら毒となりましょう」
 私は睫毛を伏せて答える。
 彼に一番の安心をくれてやろう。いつかその場所を譲るまで。












 
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