スーパー受け様が見たい



 黒づくめの男達にやけに長い車に連れ込まれ、気が付いたら、だだっぴろいベッドの上だった。
 純白のベッドは、所謂キングサイズと呼ばれるもので、豪奢な金銀細工の装飾のついた天蓋つきだった。シーツの肌触りはすべすべと心地よく、ふかふかとしている。床は大理石、その上の絨毯は白を基調とした、唐草模様が華やかに編まれ、ナントカ調、と言った文字が脳内に浮かび上がる。ベッドサイドのオフホワイトの花瓶には、深紅の薔薇が何十本も活けられていた。明らかに、これは高いものだと本能が告げている。割ったら東京湾にコンクリート詰めじゃすまないかもしれない。
 俺ははやくこの豪華すぎる空間から脱出しようと、身を捻った。しかし、動かない。いや、動けなかった。
 手首がベッドサイドにしっかりと手錠で固定されているようだ。
 俺は別段両親が異様な借金を背負っていてその肩代わりに売りにだされたわけでもないし、顔を買われるほど美形というわけでもない。ついでに言えば、私立の学校に通っているが、アラブの石油王と知り合いでもないし、どこかの国の王子様に見染められたつもりもない。

「っ、だれか……!」
「無駄だよ。このマンションの最上階は僕しか住んでいない。それにこのマンションは僕のものだ」

 身をよじりながら叫ぶ俺に、奥から誰かが答えた。続いてぺたぺたという水音を含む足音と共に、バスローブに身を包んだ金髪の青年が現れた。彼の白くて細い手にはグラスが二つと、瓶が握られていた。
 俺は彼を見て、言葉を失う。
 彼を俺は知っていた。かなり、一方的に。

「せ、せ、せ……生徒会長!?」

 思わず大きな声が出る。蜂蜜色の髪から、風呂上がりだったのだろう――透明な雫を滴り落としながら、彼は一瞬きょとんとした様子で俺を見つめた。
 それから、ニヤリと口角をあげる。

「なんだ、知ってたのか」

 彼は、ゆったりとモデルのように、俺を拘束しているベッドまで歩み寄ると、硝子のサイドテーブルに持っていたグラスとワインを置いた。
 ぎしりとベッドを軋ませながら純白のシーツの上に乗り上げた会長の長い指が俺の頬を撫であげる。透き通った彼の碧眼の中に、やけに怯えた自分自身の姿が見えた。

「まあ当然か。学園長の孫を知らない人なんて誰もいないし」
 
 彼は、俺の通学する私立の学園の生徒会長だった。学園長の孫であり、両親はすでに他界。どこかの国のハーフらしい、金髪碧眼の、整いすぎた容姿は嫌でも目を引く。容姿端麗で成績優秀。 弓道部所属だが、この成績も全国レベルと聞いている。 天は二物も三物も与えるものだと入学した時は俺も思ったものだ。
 しかしながらどうして。
 対する俺は、見事なまでに普通としか表現できない一男子高校生だ。両親は共働きでサラリーマン。容姿は地味な黒髪短髪だし、中肉中背。初恋は幼稚園の先生だし、部活動は新聞部。係りは生き物係とそんな普通の一般人だった。もちろん、彼と接点があったわけではない。

「か、会長は……なんで、俺を……」
「決まっているじゃないか。君が欲しいからだよ。気に入ったんだよね、君ずっと僕のこと見てたじゃないか」

 妖艶に笑う彼に、心の中で「それは取材です」と付け加える。廃部寸前の新聞部なのだ。スクープの一つぐらいほしい。
 そんなことよりも、明らかに俺はピンチだった。

「こ、こ、これ! 犯罪ですよ!」
「君以外誰も見てないし」
「う、訴えますよ!」
「――いくら欲しいの?」

 会長の目がスッと鋭く冷たくなる。俺は小さく唇を噛んだ。

「いいよ。いくらでも。君を買ってあげる。君が欲しいっていうなら、なんだって集めてあげる」
「いくらって、あんた……!」

 俺が睨みつけると、会長はするりとしな垂れかかり、耳元で囁いた。

「それとも、身体で支払って欲しい?」

 思ったよりも低い声に、ぞくりと背筋が粟立つ。
 俺の反応を楽しむように、膝の上に乗り上げた会長からは、ふわりと薔薇の甘い匂いがした。だけどくどいわけじゃない。この人らしい香りだと思った。
 会長の指がゆっくりと俺の首から、シャツの上をなぞり、下腹部へとするりと撫で落ちていく。その手つきは一般人の俺でも目を逸らすほど色っぽかった。

「カワイイな。こっちの方が好みなんだ」
「っ、会長!」
「煩い」

 会長の細い指がボタンを器用に外していく。全開になった俺のシャツからは、会長とは違い、あばら骨が浮いてきそうな残念な胸板が現れる。会長の指がやけに白いから、俺はそんなに焼けていないはずなのに、肌の色の違いを思い知らされる。
 会長はそれだけでは飽き足らず、ズボンのベルトにまで手をかけた。

「会長! あーもう! 築先輩!」

 俺は耐えきれずに、会長の名前を呼んだ。瞬間、びくりと会長の手が止まる。

「外して下さい」
「……逃げるくせに」
「逃げません。心配なら捕まえててください」

 会長の瞳を見つめながら、俺ははっきりと言った。しばらく無言が続き、観念したように会長が鍵を取り出すと俺の手錠を外した。カチリ、という音とともに腕が自由になったことを確認すると、俺はベッドから飛び降り、つかつかと歩き出す。

「ほら! やっぱり逃げる!」

 後ろから会長の声が聞こえる。知ったことか。
 俺は迷わず会長がやってきた扉を開け、すぐ目についた棚の上からある物を取った。
 俺を逃がすまいと追ってきた会長にそれを被せ――ごしごしと髪を拭ってやる。真っ白いタオルに包まれ、ぱちくりと金色の睫毛の下、碧が揺れる。

「気になってたんですよ。濡れたまま出てきて……風邪引くって教わらなかったんですか」
「はあ!?」

 らしくもなく、素っ頓狂な声を上げる会長に俺は笑った。
 この人は、こういう顔をしているほうがたぶん可愛い。抵抗する会長は、身長は彼のほうが若干高いにも関わらず、まるで子供のようだ。
 タオルをぎゅうと力いっぱい両腕で引いてやると、会長が思わず前のめりになる。

「ちょっ、ふざけん……」



 顔を上げた会長が最後まで言い終える前に、俺はその言葉を唇で塞いだ。 

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